<天龍ノ章>

 

壱ノ抄 蒼き戦慄 1話目

 

 

――――天王歴206年

 

がしゃん! という音共に、彼女の白い首筋に2振の槍が突き付けられた。

ひゅ……っ、言葉を封じられて発せられないのか、声すら上げられない。否、上げようともしなかった。

 

ただ静かに、今の状況を受け入れるかのように、彼女は静かだった。

彼女の美しかったシアン・ブロンドの長い髪が、さらりと流れる。

 

その手には、力を封じる“封印石”の施された錠がしてあり、逃げることなどできない様になっていた。だが、それとは無関係に彼女のその蒼と紫の片青眼の瞳は、最早何も写していなかった。

 

「連れていけ」

 

玉座に座っていた男が手で彼女を視界から消す様に指示を出す。その時だった。

 

 

 

「――お待ちください!!!」

 

 

 

黙っていられなかったのか、漆黒の髪に、黒曜石の瞳をした男が飛び出した。そして、彼女と玉座の男の間に割って入る。

 

「四海神龍王・敖秦ごうしん様!! 彼女は何もしていない!! どうか情状酌量の余地を―――」

 

「……何故だ?」

 

男の言葉に、敖秦と呼ばれた男が眉ひとつ動かさずに、そう訊ねる。その神力の宿った瞳が彼を射抜くかのように、見ていた。男はごくりと息を呑み。

 

「……彼女は、次期水龍王を受け継ぐ唯一の者。今、彼女を殺せば水龍王の血は途絶えます。それに―――」

 

そこまで言いかけて、男が彼女を見る。微かに彼女の蒼と紫の片青眼が揺れた気がした。男はぐっと拳を握りしめ、

 

「彼女は、私の唯一の伴侶だ。その彼女が名もなき罪に囚われようとしているのに、黙って見過ごすことなど出来ようか――」

 

男のその言葉に、敖秦はふんっと微かに笑いながら、

 

「案ずるな、次期北海黒龍王を継ぐものよ。貴様には新たな妃を娶る事を許す」

 

「―――他の妃などいりません。私は彼女以外を娶る気はありません!!」

 

敖秦は、小さく息を吐くと

 

「興覚めだ。さっさとその女を連れていけ」

 

「敖秦様!!!」

 

今にも、敖秦に食って掛かりそうな男を周りの衛兵たちが押さえ込むと、そのまま敖秦の目の前で、地べたに這いつくばらさせられた。敖秦はそんな彼をみながら、

 

「――現状を見ろ、次期北海黒龍王よ。あの女は予言にあった“滅びの子”だ。あのまま生かしておけば、四海は愚か、この仙界一帯を死地にするであろう――貴様は、高上玉皇上帝の御代を滅ぼすつもりか?」

 

「――そのような事は……」

 

「ならば、諦めろ。あの女は、“蒼の刑”に処す」

 

「なっ……」

 

仙界には4つの極刑があった

“緋の刑”とは、その身を魂ごと焼き尽くす“業火の刑”。

“白の刑”とは、記憶をすべて奪い、その身体の時を止め、一生幽閉される“白獄の刑”。

“碧の刑”とは、その地肉を仙界の地に養分として死ぬまで与え続ける“碧永の刑”。

そして――“蒼の刑”は……、

その身体と魂を分離し、それぞれ別々に管理・破壊するという“蒼獄の刑”と呼ぶ。

 

そう――四つの計で最も重く、その魂を砕かれればもう転生すら出来ない。輪廻の輪から、外れるのである。

 

「そうさのう……あの女の身には水龍王の直径の血が流れているからな。水龍王の傍系の者が生まれるまでは殺しはしない・・・・・・。だが、それはあやつの“身体”のみ必要であって、“魂”は――必要ない。討ち捨てよ」

 

 

「敖秦!!!! 貴様ぁ――!!!」

 

 

そう叫ぶなり、男が敖秦に殴りかかろう近衛の手を振りほどく。そして、そのまま一気に玉座に坐する敖秦めがけてありったけの力を打ち込もうとした――刹那、

 

ばあああん!!!

 

と、何かが弾く音が大きく聞こえたかと思うと、男はそこで初めて己の拳が片手で抑え込まれている事に気付いた。その相手は―――、

 

「父上っ―――」

 

それは、男の父である、現北海黒龍王・敖炎ごうえんだった。敖炎は静かにその力を飛散させると、無理やり息子である男の頭を押さえつけた。

 

「敖秦様。どうか。私に免じて我が息子の愚行をお許しください」

 

そう言って、敖炎が頭を下げた。それを見た、敖秦はふんっと鼻を鳴らしながら、

 

「……この場は、敖炎に免じて許してやろう。――命拾いしたな小童が」

 

「――――っ!」

 

ぎりっと、奥歯を噛み締めながら目の前に居る敖秦を睨みつける。そんな彼に目もくれずに敖秦は、囚われている女を見た。

 

彼女は感情を封印されているというのに、今にも泣きそうな顔をしていた。「愚かだな」と敖秦は思った。

すべての非は、水龍王の娘であり仙界一の踊り子とうたわれながら禁忌を犯した竜音りんねが発端だと、この内の何人が気づいているだろうか――。そう、あの時より、歯車は狂い始めたのだった。

竜音がその身に宿した命は、誰もが望まないものだった――否、宿ってはいけないものだった。しかし、彼女はその宿った命を捨てなかった。

 

そう――それはすべての始まり――――・・・・・・。

 

竜音は尊き龍族でありながら、人間の男と通じたのだ。そして生まれたのが――“彼女”だ。

水龍王の証の青い瞳と、禁忌の証の紫の瞳―――……。その二つの瞳を併せ持った彼女は、その身に卑しい人間の血が混じた混血児なのだ。そして、彼女が生まれる時予言が下った。

 

“紫色の瞳を持つ異形の子が生まれた時、この仙界は混沌の海と化すだろう―――――”と

 

その予言は龍族に向けられたものではなく、仙界全土に向けられたものだったのだ。そして――予言の通り、程なくして竜音は、水龍王の証と、禁忌の証を持つ赤子を生んだ。

 

今までは些細な事だろうと、放置していた。竜音の娘は竜音に負けず劣らず素晴らしい舞の名手だったのだ。それは母親譲りなのか――それとも、天賦の才なのか……。

彼女が一指し舞えば、仙界中の花が咲き乱れ、凶暴な神獣ですら大人しくなる。そして、魅入られたかのように、誰しもが彼女の舞に釘付けになるのだ。

美しく、気高い。神秘の舞姫―――そう呼ばれるのに時間は掛からなかった。

 

そんな彼女が、北海黒龍王の息子と出逢ってから、花が咲いた様に笑う様になったと聞く。そして、二人が心を通わすのに時間は掛からなかった。だが―――。そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

 

この仙界の最高位の帝である高上玉皇上帝――玉帝が彼女に興味を示すまでは―――。

玉帝はあろうことか、彼女を数多くいる妃の一人に。しかも、「貴妃」の位を与えるとまで言ってきたのだ。

 

四海神龍王・敖秦に断ることは不可能だった。だが――彼女は禁忌の娘。

その娘を玉帝に差し出すのはいわゆる、「我が龍族が、禁忌を犯した」娘を匿っていると思われても仕方ない。そうなれば、懲罰を免れない。

 

懲罰を受けるのは構わない。ただ――問題はあの禁忌の娘だった。玉帝の命は絶対。しかし、禁忌の娘を差し出したとすれば、龍族を敵とみなすかもしれない。

それは“予言”が告げている。彼女を玉帝に差し出せば――――戦が起こる。

 

それ故に、敖秦は彼女を軟禁する事にした。だが、それだけでは玉帝は引き下がらなかった。

だから、最終手段に出た

 

彼女を――禁忌の娘を、正しき“処罰”に処する事に――――。

そう――それが、どういう運命になるのが分かっていながら。

全ては、龍族の王として一族を守る為。

 

だから。

 

 

   彼女を――“蒼の刑”に処す事に  決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続


 

2024.03.01